現代の大阪府堺市は、人口約85万の大きな街です。ここに、日本最大の古墳、大仙古墳があります。「方」と呼ばれる四角い部分と、「円」と呼ばれる丸い部分が合わさってできているため、「前方後円墳」と呼ばれます。長さ486m、幅305m。およそ1600年前に造られたと考えられています。
参照サイトから、ピラミッドと秦の始皇帝稜と大仙古墳のサイズ比べのサイトにリンクしますので、ぜひ世界三大墳墓が造られた時代の超巨大権力を想像してください。
大仙古墳の表面には石が敷き詰められていました。雨などで崩れないようにするためです。死者埋葬部(墓穴)は古墳の「円」の部分です。古墳のふちには埴輪(はにわ)がぎっしり並べられています。大仙古墳では3万を超える埴輪が並んでいたと考えられています。土地の形を整え、石を敷き詰め、埴輪を焼いてかざる…。古墳造りには膨大な時間と人手がかかりました。一日1500人が働いたとして、15年以上の歳月が必要とされます。
3世紀後半には奈良盆地を中心に多くの前方後円墳が造られました。7世紀の終わりごろまでには、各地で前方後円墳が造られるようになりました。このことから、各地で土地や人々を支配していた豪族たちが、ヤマトを中心とする政治連合を形作っていったと考えられます。この政治連合を「ヤマト政権」といい、政権の中心となった王を「大王(だいおう)」と呼びます。