召集令状を受けて

ラバウル上陸

ココポの勤務

ラバウル患者
療養所

さらば
ラバウル

マニラ仮宿舎

ダバオ
第13陸軍病院

マライバライ
第4野戦病院

リナポに退避

ジャングル逃避行

先発隊の記録

後発隊の記録

白旗を立てて
ブツアン川を下る

武装解除
母国上陸

参考:軍の階級

6)マニラ仮宿泊

昭和19年1月9日にマニラに入港して、第12陸軍病院教育講堂を仮の宿舎として夢のような生活が始まった。カロマタという馬車に乗って城内に行ったり、ケソン病院に兵庫班を慰問したり、プールで水泳の練習をしたりして過ごした。パンが15円もして値段の高さにおどろいた。甘いものに飢えていたのでぜんざいを腹いっぱいになるまで食べた。思い出はたくさんあるが、最も印象深かったのは、マニラの兵隊は一等兵でもきれいな服を着て舗装道路をネギを片手に鶏をさげて歩いているということだ。ラバウルでは将校もスコップを手に兵隊と一緒に働いていたので、なんだか不思議な気がしていらいらした。前線とは土地条件によって差があるということを知ったのはもっと後のことだ。

 

130:マニラ港から輸送船湖北丸に乗り込んだ。これまでの船が全部1万トン級であったのに比べてまことに小さな輸送船。私と斉藤とは蒸し暑い船倉を抜け出して甲板の煙突のかげで寝た。内海航路で波はおだやかだったが、15日もかかってやっと目的地ダバオに着いた。