武山(旧姓:尾崎)敏枝さんと 小田(旧姓:鍋島)美代子さんの共著「散華抄」より
ミンダナオの土に眠る ともに御戦(みいくさ)におもむきし 白衣の天使たちの御霊(みたま)にささぐ
私たち(著者)が育ったのは、「お国のために…」と言って息子を戦場に送り出すのが家の誉れとされた時代でした。70年ほど前の日本で軍人さんはヒーローだったのです。 でも、軍人さんになれるのは男だけ…。 子どもをたくさん産んで育てることが女の務めという風潮の中で、男の人と同じように“赤紙(戦時召集状)”で戦場におもむいたのが日赤看護婦でした。当時のマスコミにも「従軍看護婦」と、もてはやされたものでした。
サイト制作者より…デジタル化された情報から“戦場の臭い”や“蒸し暑さ”は分かりません。ぜひ下のグーグルマップを利用して、看護婦さんたちが20歳の頃に歩いた戦場やジャングルの状況を把握して下さい。「日本兵が怖かった」というミンダナオのジャングル逃避行の詳細は目次の「先発隊の記録」と「後発隊の記録」にありますが、理解にはそれなりの日本語力が必要ですので保護者の方と一緒に読んでください。
★このサイトで使用している写真は、小田美代子さんのものです。直接デジタル保存させていただきましたので【Flickr】に高画質でアップロードしました。ここをクリックしてご覧ください。 「血のついた白衣と三角巾は一緒にお墓に入れて…」というのが小田美代子さんのご希望です。